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福岡高等裁判所 昭和50年(ラ)36号 決定

抗告人

第百生命保険相互会社

右代表者

川崎稔

右代理人

小口久夫

相手方

青山サツキ

主文

原決定を取り消す。

本件を東京地方裁判所へ移送する。

理由

抗告代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙記載のとおりである。

ところで、本件においては相手方は、本件保険金の支払場所が抗告人熊本支社であるとして、民訴法五条の規定に基づく義務履行地による裁判籍を、ついで抗告人熊本支社が同法九条にいう営業所に該るとする裁判籍を主張するので、順次この点について判断する。

一義務履行地の裁判籍について。

相手方は、保険金は通常債権者たる保険金受取人の住所に持参または送金して支払われているから、契約締結に際し、保険金の支払場所が本社である旨告知されない限り、その支払場所は保険金受取人の住所と解すべきところ、本件においては保険金の支払場所が本社である旨告知された事実はないから、本件保険金支払場所は相手方の住所というべく、したがつて、本件保険金請求事件については、相手方の住所地を管轄する原裁判所に管轄権で(ママ)あると主張し、原決定は、保険金受取人の住所が抗告人会社の支社の所在地にある場合には、当該支社も保険金支払場所とする旨の保険契約が慣行的に成立しているとして原裁判所に義務履行地の裁判籍を認めるのであるが、以下述べるとおり、原裁判所に義務履行地の裁判籍を認めることはできない。

すなわち、〈証拠〉によると、本件保険契約申込書には「抗告人会社の定款及び新総合保障保険普通保険約款を承知のうえ契約の申込をなす。」旨の記載があり、抗告人会社が右申込を承諾した直後保険契約者に送付された「定款と約款」の普通保険約款第二六条に「保険金、年金または給付金は調査のため特に時日を要する場合のほかは、前条に規定する書類が会社の本社に到達した日から五日以内に会社の本社で支払います。」と定められていることが認められ、契約締結に際し右約款によらない旨(例えば熊本支社においてとられている現実の支払方法による等)の意思が明らかにされていれば格別かかる意思が表明されたことが窺いえない本件においては、保険金支払場所については、前記保険約款記載のとおり抗告人会社本社とする旨の合意が成立していたものと認めるのが相当であり、義務履行地による裁判籍は、相手方の住所地を管轄する原裁判所にはなく、抗告人会社本社を管轄する東京地方裁判所にあるものといわねばならない。

尤も、〈証拠〉によると、抗告人会社熊本支社においては、保険金の支払については、保険金受取人の希望にしたがつて同支社の窓口で支払うかまたは受取人の指定する銀行、郵便局等の口座に振込む方法によつて支払つているのが通常の取扱いであつて、その例外は殆んどないことが認められるけれども、このことから直ちに熊本支社を保険金支払場所とする旨の保険契約が慣行的に成立しているものと速断することはできず、右通常の支払方法は、前記認定の本社を保険金支払場所とする特約を前提とし、あくまで顧客に対するサービスとしてとられてきているものであることが〈証拠〉により認められるところである。

二事務所、営業所々在地の裁判籍について。

相手方は、抗告人会社熊本支社においては、内勤事務の者のみならず、外務事務員を雇傭して、保険契約の募集をなし、保険医を置いて保険契約申込者の身体の検査をなすのはもとより保険契約をなす場合には、その都度本社の意見を聞くことはなさず、支社長の権限において独立して保険契約を締結し、第一回保険料を領収し、その以後の毎月の保険料の徴収も右支社に徴収員を置いて加入者から徴収しているものであり、右業務は支社長において統轄しているものであるから、支社は保険契約に関する業務について民訴法九条にいう事務所または営業所というべきであり、本件保険金請求事件については、原裁判所に裁判権籍がある、と主張する。しかしながら、同法九条にいう事務所または営業所とは、業務の全部または一部について独立して統括経営されている場所であることを要するものであり、単に業務の末端あるいは現業が行われているに過ぎない場合は、仮に独立して業務を行ないうるような外観を備えているからといつて直ちに同条にいう事務所または営業所ということはできないと解されるところ、〈証拠〉によれば、抗告人会社熊本支社には、支社長以下内勤者一六名、支部長二名、外務員約八〇名がいて外観は独立して業務を行つているようにみえるけれども、その業務の内容は、新契約の募集、保険料の集金、契約の保全その他契約者に対するサービス、本社への取次業務をなしているに過ぎず、保険業務の基本的業務行為である保険契約の締結並びに解除、その復活の承諾、保険事故があつた場合の保険金の支払業務を独立して行なう権限を有しないことが認められるから、抗告人会社熊本支社を目していまだ保険契約に関する業務を独立して総括経営している場所ということはできず、したがつて、右業務についての同条にいう事務所または営業所にあたるということもできない。

以上の次第で、本件保険金請求事件の管轄権は原裁判所にはなく、東京地方裁判所にあるものと認められるので、抗告人の本件移送の申立を却下した原決定は取消を免れない。

よつて、民訴法四一四条、三八七条に従い、主文のとおり決定する。

(亀川清 美山和義 松尾俊一)

抗告理由書〈略〉

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